机上、枝条、そのほか

机上、枝条、そのほか

アフォリズムのリハビリテーション #1089

■本当に、そのもっともひどかった時代にすべての共産主義国の映画館に氾濫していたソビエト映画は、信じがたい無辜の善良さで満ち溢れていた。二人のロシア人の間でおこりうる最大の衝突は愛の誤解であって、彼は彼女がもう自分を愛していないと思い、彼女も彼について同じことを思っていた。だが、ラストで二人は抱き合い、幸福の涙に頬を濡らすのである。

 今日これらの映画の通俗的な説明は次のようなものである。それらの映画は共産主義の理想を示したものであるが、共産主義の現実はもっと悪いものであった。

 サビナはこのような説明に対して反抗した。ソビエトの俗悪なもの(キッチュ)の世界が現実となり、彼女がそこで生きることになっていると考えたとき、身震いが彼女の背筋を走った。サビナはいささかの躊躇なしに、あらゆる迫害もあり、肉を買うための行列もある本当の共産主義体制の方を好んだであろう。本当の共産主義世界なら生きていくことができた。共産主義の理想が現実化された世界、白痴が微笑むその世界では、彼女には彼らと交わすべき一語もないであろうし、一週間のうちに恐怖で死んでしまうであろう。

ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』